きいの確定役

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『飛び立つ君の背を見上げる』 考察と感想 夏紀の犯した罪とは

本作は「響け!ユーフォニアム」のスピンオフ作品で元北宇治高校吹奏楽部だった中川夏紀を中心とした物語でメインとはまた違った世界観で展開されていく。メインでは深く語られることのなかった部活での過去の様子や夏紀の葛藤や本心を覗き見ることができた。

また、吉川優子、傘木希美、鎧塚みぞれなどの夏紀と親しみの深い人物との普段の様子であったり関係性や心境をもみることができた。

本稿はこの作品で描かれた夏紀の葛藤や気になったセリフやシーンについてメインでの事実も絡めつつ追及していこうという試みである。ということでガチガチの考察というよりも直感的に書いている部分が多いので6000字程度あるが楽に読んでもらえればと思う。

 

※記事の性質上、盛大にネタバレ含みます

私自身注目した部分について思考し、まとめるために前後で関連している箇所がかなり多かったので以下物語の順序前後が少々ございますがどうかお許しを

夏紀の犯した罪について

p90~

吹奏楽部に入部してしばらくした頃である。部活熱心な1年と怠惰な3年とで大きな対立が起こってしまった。それに耐えかねた1年は次々に退部することを決心していた。そんななか希美から夏紀にかけられた言葉である。

「うん、聞いた。夏紀やったら冷静な助言をくれそうやから」

これに対し夏紀は無神経でひどいやつと言っている。さて、何がなのか。

中学で部活に所属していなかったが高校で希美に吹奏楽に誘われ入部することとなった。もともと夏紀は努力したり何かに全力になるのが嫌いでこの時も1年の部活熱心サイドというより3年の怠惰にだらだら部活をやっていたいという派だった。だが香織に声をかけられたこともあるからか部活を続けるという意思はあった。

以上を踏まえるとこの無神経とは部活を誘ったくせに続けるか辞めるかという選択を夏紀に押し付けていることである。希美は夏紀が「うちはさ、希美がやりたいようにやればいいと思う」と返すのを理解していて聞いたのではないだろうか。夏紀に部活を続ける意志があったことを希美は知っていたため、希美から部活を誘った建前、夏紀の許可なしでは退部することは裏切りになってしまうため憚られるのだ。夏紀からの許可を得ることで初めて部活を辞めることを許されるのである。許可を得ることで初めて表面上でフェアになる。これはそんな退部の許可を求める言葉であったと思う。

夏紀は今の部活で様子の変わりつつあった希美を止めることはできなかった。夏紀は希美に彼女らしく生きて欲しかったのである。彼女らしさとは常に熱心に何かをやり続ける心である。そして、希美は退部。

夏紀の罪とはこの瞬間のために笑ってもらえるように希美の背中を押してしまったこと。

そして3年の態度に耐えかねた夏紀は立ち向かった。事態は田中あすかによって収束した。「ムカついたから」と帰り際に優子に話すがこれは3年の怠惰さ対してではなく熱心に吹奏楽をやるはずであった希美をなくさせてしまったことに対して起こした行動だと思う。夏紀自体怠惰に部活をすることは肯定派であったがそれは個人の話。熱心な人間を巻き込むやつらに耐えかねた結果、起こした行動だと思われる。メインでは常にクールで(優子といるときは素がでる)何にもあまり干渉しないイメージであったが過去にこんな勇気ある行動を起こしていたわけです。この罪は後の3話でも触れます。

悪人と極悪人

夏紀は自身が悪人であると思っているのに対し、あすかは極悪人だと言っているのはどうしてか。

「だってほんまやん?勝手によその人間関係持ち込んで、ああでもないこうでもないって主張してさぁ。あんなやり方じゃ、クーデターは失敗するやろな。もっと頭使わんと」

「なんで?うちはべつに、自分に迷惑がかからんかったらそれでええし。低音パートは平和やし問題ないやんなー?」p73

上記はあすかの言葉。

ここから推測するにこの夏紀を指す悪人とは1年全体でクーデターを起こそうとしている中、1年でありながらも怠惰に部活をしていたいと思っている夏紀が集団に加わっていることを指していると思われる。裏切りの意識だろう。

そして、あすかを指す極悪人とはそんな現状を全く気にしていないということ。さらにそれを夏紀も同じ考えであると無意識に押し付けていることだと思う。

あすか先輩はメインでも常に中立の立場に位置していましたが過去のこの対立においても1年と3年の板挟みになりながらも当然の中立位置者でした。ちなみに同箇所で「香織のような善良な人間が...」とあるがこれは香織が特別なだけである。別刊で香織とあすかが同居することが描かれているので香織はあすかをこの時から神聖視していたのだろう。香織があすかと共にいるのはメインでも見てとれた光景である。

ツキとはなにか

1話のタイトルにもこのツキ。夏紀が希美に対してこのように言っているのはその言葉の通り運がないということ。夏紀は努力することが嫌いとか言ってるけどなんだかんだいって吹奏楽部での毎日が楽しかったんだと思います。一話最後の(そうゆうところも好きだったり)からこの部活で毎日を過ごせなかった希美に皮肉っぽく言っているのである。実際には、3年から希美は再入部しますが今回部活を完全にやり抜いたというのがポイントであろう。

というのも、p26にもあるとおり夏紀は弱小であった北宇治、強豪となった北宇治の瞬間全てを経験しています。この経験に夏紀は価値を見出しているのでないだろうか。熱心に打ち込むことのできる自分に変えてくれた(変われた)吹部、後輩と過ごした日々、その全てが夏紀にとって大事なものであるということであろう。

みぞれに対する想い

鎧塚みぞれは無意識の天才であった。否、天才とは無意識であるべきかもしれないが。優子はみぞれを我が子のような目でみている。過保護。それはみぞれが自己肯定感のなさから未だに希美の影を追っていることに対して不安に感じているからだ。

一方、夏紀と希美はみぞれをどこかで苦手(嫌い)に感じている。原因はみぞれが天才であることである。

夏紀に関してはp284あたりから書かれている。環境が変わる中で何一つとして動じることのなくやるべきことを全うし、努力を努力とも感じずオーボエを奏でつづけた。みぞれの在り方は夏紀自身が努力することしないことで悩んでいること自体を無駄にしてしまうような感覚にさせてしまうからである。p289の部分にもあるが夏紀はオンリーワン(天才)に憧れている。そんな存在になれないことを夏紀は分かっていながら身近にいる天才をみてしまうとどうしても凡人であることを僻んでしまうのだ。

希美に関してはp162あたりがわかりやすいような感じ。希美の「それと同じくらい、多分....」に続く言葉おそらく「嫌い」。彼女が声をかけたひとりの女の子は天才であったのだ。関わっていくうちに希美はみぞれが本物の天才であると知ってしまい劣等感を覚えてしまう。2人の関係性を細かく描いた「リズと青い鳥」をも考えるとこれは想像のつく感情である。

みぞれ自体とは彼女らは普通に仲はいいが以上のことを考えるときに比較してしまうとみぞれとの差を感じられずにはいないわけです。

優子はみぞれ派 夏紀は希美派 と書かれているのもこの部分が芯になっているのではないか。

みぞれの枷とは

ここは「リズと青い鳥」でのお話。

枷とはみぞれに対する希美によるものである。みぞれには自己肯定感が欠如しすぎていたためいつだって待つことしかしなかった。希美を待ち続けたのである。クラスで1人だったみぞれに手を差し伸べた希美に固執するようになってしまった。リズとはみぞれを指し、外からやってきた青い鳥が希美であった。

が、しかし実際は違ったのである。みぞれは天才であった。希美に固執し続けたがある日希美は彼女が天才であることに気づく。自身がいままで天才の青い鳥を縛り続けてしまっていた気づいてしまうのである。本当は地上にいるリズが希美 枷がはずれ空高く羽ばたいていく青い鳥がみぞれだったのだ。

天才を縛っていたことに気づいてしまった希美。それでも希美に拘るみぞれ。このあたりも本作を読んでいて繋がりを感じることのできた部分になっています。

ちなみに映画「リズと青い鳥」の原作は一応メインの2年生編ですがほぼオリジナルになっていますので文章でこういった希美とみぞれの詳しい心境や関係性が書かれたのは本作が初めてです。

夏紀の本心

それが寂しいのか、どうでもいいのか、清々するのか。自分の気持ちであるはずなのに、声に出せばどれも本心からほど遠いものに感じた。p206

日常の変化はあまりになだらかで、閾値を超えないと自覚すらしない。ふとした瞬間に当たり前が欠落していたことに気づき、そこで初めて喪失を意識する。p213

ここの場面で優子に会う前は自分の気持ちについて理解できていないようなそんな様子が読み取れます。高校生活が終わりに近づいていることを寂しいと感じているのか。それとも早く次のステップに進みたいのかという2つで心理的葛藤を起こしてます。

そしてそんな葛藤心を抱きながら優子と合流。そして優子から香織先輩と駅で久しぶりに会ったと聞かされ夏紀は優子が大喜びであると思っていたが実際は違った。優子は人間としての中身が変わったことに寂しさを感じていたのだ。それを聞いた夏紀はこうして今のままでいられる高校の終わりまでの時間が貴重なものだと感じたのだと思います。

優子の話的に上の閾値とは今回の場合だと高校生→大学生の変わり目を表しているのではないか。大学生になった香織をみて人が変わってしまったと優子は感じたからである。ふとした瞬間~は自分が大学生になってしまえば今の高校生としての自分と違うことに気づけないまま過ごしてしまうのではないかという悲しさというか恐怖感的な感じに捉えました。

その後夏紀はバンド名を「さよならアントワープブルー」と決めますが「アントワープブルー」とは夏紀が昔から好きなバンド。アントワープブルーが有名になり作風を昔と変え一段と進化し続けていると1話に書かれていることを考慮すればにアントワープブルーのように今(過去)を忘れることを恐れずに次を進んでいくことを夏紀自身が決心したかのように捉えられる。

ちなみにp241最終の少し怖いと言っているところから完璧に割り切れたわけではなさそうです。

希美と夏紀

p227頭の「でも、はいそうですか...」からについての解釈。

同文の「共犯者めいた匂いがする。」から高校入学直後までは夏紀は希美と正反対の性格だと思っていたが高校での経験で夏紀が希美と似た性格になったことを自覚している。(性格と表現するのは違うかもしれないが具体的には何かに全力に取り組むことができるようになったことに対しての夏紀の自覚)

だから前頁までのバンド幕を作るくだりで希美に思い出作りをしたくないかと問われたときに「そりゃええけど」とスカして返してしまったことに対して勿体なく感じている。本当は「つくりたい!」と願望で返したかったのだろう。

 

続いてp229の罪滅ぼしという表現について。

1話でも罪について触れましたがそれは希美の笑顔のために退部の後押しをしてしまったこと。

「希美にだって、これまで何度も助けられたからさ」の半分の本音とは優子やみぞれと知り合えいまの環境をもたらしてくれたことの諸々。もう半分の紛いものは罪滅ぼしという言葉を希美に言えないことの罪の意識が含まれていると感じた。背中を押したことで夏紀は希美に対して本当は吹奏楽部に残存させるべきだったと追い目を感じている。(退部したことで優子やみぞれとの間に溝ができたり、部活での思い出(経験)が失われたから?)だがこの追い目は希美には知られてはいけないのだ。これについては「誰にも(この罪を)奪われてはいけない」が後押ししている。

 

そしてそれはお互い様

最後に夏紀も天邪鬼であると自白しています。直近だと卒業式の日に久美子から感謝の言葉をもらったことに対して「大げさやな。大したことしてへんのに」とかに当てはまりそうです。そう、スカしたような感じしている夏紀ですが実はめっちゃ嬉しかったということです。

ここの部分とても解釈に困りましたが出した考えとしては「親友のあんたにやからこそ言えることやで!」でした。普段クールに過ごしている夏紀ですが高校生活の本当の終了であるライブも終わりそんななか生まれた気持ちの浮つき(もしくは現状とさよならすることの覚悟)から親友に対して漏れてしまった言葉だったのかなと思います。(文面的に実際に言っているわけではない)

まあ、これが犬猿の仲だと呼ばれる所以ですよね。この2人だけの会話はほかではみられない特別な雰囲気を感じることができる。

 

感想

本稿どうでしたでしょうか。実際言及したい部分すべて書き始めるとキリがないのと文面整理が一生終わらなさそうなのでかなりコンパクトにまとめました。

この作品一言で表すと「エモい」でした。これまでのユーフォシリーズをすべて見てきたからこそ見える景色だらけでした。特にみぞれ絡みのリズと青い鳥との関係性は本当に感服しました。そして私はこの作品を通してクールでかっこいい中川夏紀というキャラをいっそう好きになりました。4人それぞれにストーリーがありましたが、天才な彼女が嫌いでそれでも関わりを持とうとするそれぞれのみぞれとの関わりが一番考えさせられました。仲の良い4人ではあるがそれぞれに秘めている思いがあるのが深い。さらにそんななかでも犬猿の仲である夏紀と優子の特別な関係を今回しっかりみることができたので非常に満足しております。本作の主人公は間違いなく夏紀でないと務まらないと思いましたね。なんと言うか、言語化するのが難しいですがキャラ性ももちろんメインでは知ることのできない特別な心情や葛藤を持ち合わせているのが彼女だけだからです。最後に、リズと青い鳥に続きこの作品が映像化されることを心から願っております。間違いなく名作です。以上